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山形地方裁判所 昭和34年(ワ)145号 判決

原告 鈴木右平

被告 山形県弁護士会

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告弁護士会綱紀委員会が昭和三十三年八月二十八日付でなした原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議および被告弁護士会が同年九月三日付で被告弁護士会懲戒委員会に対してなした原告に対し懲戒審査を請求する旨の意思表示は何れも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、訴外木村文作から山形地方検察庁に対し昭和三十一年四月七日詐欺、横領、背任罪の疑いがあるとして、さらに同月二十三日弁護士法第二十八条違反の疑いがあるとて二回に亘り告訴されたが取調の結果同三十三年十一月十四日同庁において、いづれも嫌疑なし、ということで不起訴処分になつた。

二、これより先被告弁護士会綱紀委員会は、同三十一年七月七日付で原告に対し、右告訴に関する新聞記事の事実の有無についての弁明書の提出を求めたので、原告は同月二十五日付で同会に対し右弁明書を提出した。

三、ところが、その後約二年を経過した昭和三十三年八月二十八日右綱紀委員会は原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議をし、ついで翌二十九日被告弁護士会常議委員においても右同旨の決議をした。

四、被告弁護士会の当時の会長小林亦治は右両決議に基いて、同三十三年九月三日 被告弁護士会懲戒委員会に対し、原告に対する懲戒審査請求をし、同月五日、これが受理され、現在同懲戒委員会において懲戒の審査中である。

五、しかるところ右綱紀委員会の決議には次のごとき重大かつ明白なかしがある。すなわち

(1)  被告弁護士会々則第四十七条により、右綱紀委員会は九人以上の委員によつて構成されることを要するところ、同会は右決議にあたり同会委員八名に右召集状を出したにすぎず、しかも右決議においては五人以上の定足数を要する旨の原則に反し、当日出席して現実に右決議に参加したのは同会委員会小林正一、同委員皆川泉の両名のみであり、同委員神谷健夫、同柿本栄は事後において右決議を承認したにすぎない。

(2)  右決議は、右の様な次第で実質的には右小林正一、同皆川泉によつてなされたものであるところ、右皆川委員は、右木村文作の参謀役として原告に対する前記告訴に参与し、これを指導したと認められるものであるから、右決議は著しく公正を欠いているものといわねばならない。

(3)  右決議をなすにあたり 右小林亦治は右綱紀委員会の席上、同委員らに対し原告は八月中に起訴になることに決り、起訴状は既に山形地方検察庁次席検事がこれを握つている旨の虚偽無根の事実を告げたので、当時右綱紀委員会においては後に提出される紛議調停委員会の結果をまつて結論を出すことに決議していたが、同委員会としては右のような事態に立至つた以上懲戒に付するも止むなしとの結論を出すより致し方がないものと誤信して右決議におよんだものであるから、同決議は右各委員の錯誤にもとづくものであり、かつまた右皆川委員および小林亦治が右各委員の錯誤に乗じ通謀のうえ原告を被告弁護士会から追出すために右綱紀委員会および同決議を利用したものである。

(4)  右綱紀委員会は右決議をなすにあたり前記のように弁明書の提出を求めたのみで他に何らの弁明ないし釈明の機会をも与えないのであるから、右決議は不公正であり原告の基本的人権を意識的に侵害している。

(5)  弁護士法第五十八条第二項によれば弁護士会が所属弁護士について懲戒事由があると思料するときは、綱紀委員会にその調査を命ずることを要するところ、右決議は被告弁護士会の同法同条による調査命令に基いてなされたのではない。すなわち前記の弁明書の提出も被告弁護士会々則第四十六条第二項に基いてなされたにすぎず、従つて右綱紀委員会としても右弁明書以外の資料によつて調査を進めようとはしなかつたのである。以上のようなかしがある以上、右決議が無効であることは自明である。

六、しかるところ綱紀委員会の弁護士を懲戒に付するを相当とする旨の決議は、当該弁護士会を覊束し、右決議にもとづいて弁護士会の懲戒審査請求の意思表示がなされるのであるから右決議と右請求の意思表示とは一連の行為である。

されば前記のように右綱紀委員会の原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議が無効である以上、被告弁護士会が右決議にもとづいて右懲戒委員会に対してなした原告に対し懲戒審査を請求する旨の意思表示もまた無効であるといわねばならない。

七、さらに右小林亦治は、原告の弁護士としての地位を失脚させ、あるいは原告を被告弁護士会から追出して原告に対する私憤を晴らすために、被告弁護士会々長としての地位を利用して右懲戒審査請求におよんだのである。

右事情は、同人が昭和三十三年八月二十八日右綱紀委員会の右決議がなされる前に、山形地方検察庁竹内次席検事に対し右綱紀委員会の空気としては原告を弁護士法違反により懲戒に付するを相当と認め、懲戒委員会に付する気運にある旨の書面を送つたこと、前記のように右綱紀委員会の席上、虚偽の事実を告げて同委員らを誤信させて前記決議をなさしめたこと、前記常議委員会に対しては右綱紀委員会の結論のみを押しつけたこと、原告に対し暴言をもつて退会を強要したり、原告の懲戒事由を読売、朝日、毎日各新聞山形版および山形新聞に掲載させたこと等によつて明かである。

されば右のような意図にもとづいて右小林会長が職権を濫用してなした右懲戒審査を請求する旨の意思表示は無効である。

以上のような次第で原告は被告弁護士会綱紀委員会が昭和三十三年八月二十八日付なした原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議および被告弁護士会が同年九月三日付で被告弁護士会懲戒委員会に対してなした原告に対し懲戒審査を請求する旨の意思表示の各無効であることの確認を求めるために本訴請求におよんだ旨陳述し、被告の本案前の抗弁に対し、

一、右綱紀委員会が被告弁護士会内の一議決機関であり、内部的意思決定の機関であるにしても、同会の右決議は被告弁護士会のみならず、原告をも覊束する法的効力がある。従つて右決議の原告に対する覊束力は対外的効力というべきである。そして弁護士会も法人である以上、同会と所属弁護士との間は、人格者間の権利義務関係である。

二、確認の訴における確認の利益は、各場合の事情にかんがみ、当事者にこれが確認につき何らかの利益があれば足り、さらにそれ以上の権利保護手続の有無にかかわらないのである。しかるところ原告主張のごときかしが存する以上、右懲戒委員会においては被告弁護士会の右懲戒審査請求を門前払すべきであるのにこれをなさずして審査が続けられている実状である。このことのみでも原告の法的利益は失われておるところ、右審査において原告の右主張を看過するにおいては、たとえ日本弁護士連合会あるいは東京高等裁判所において原告の右主張が認容されても原告にとつて回復しえない不利益が残ることになる。このような結果を原告としては到底耐えられない。ところで無効行為は絶対的にして何人より何人に対しても如何なる方法、如何なる時期においても主張しうる。そして先行行為が無効である以上、後行々為は存在しないことになる。しかして右綱紀委員会の決議が原告主張のごとき事由により無効なる場合には、被告弁護士会としては懲戒委員会に対し、これが審査を求めてはならないことになり、結局、本訴確定は即時に原告をして右懲戒審査手続から離脱せしめる利益をもたらすのである。

三、原告は懲戒審査手続を争つているにすぎないのであり、懲戒処分を争つているのではない。と述べた。

被告訴訟代理人らは、第一次的に主文第一、二項同旨、第二次的に原告の請求を棄却する、との判決を求め、本案前の抗弁として、

一、原告は被告弁護士会綱紀委員会が原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議および被告弁護士会が懲戒委員会に対してなした原告に対し懲戒審査を請求する旨の意思表示の各無効であることの確認を求めている、しかし右綱紀懲戒各委員会は、弁護士法の定めにより法人格ある被告弁護士会の内部に常置された一種の決議機関であり、右綱紀委員会の決議は被告弁護士会の懲戒付議の当否に関する内部的意思決定であり、これに基いた被告弁護士会の懲戒委員会に対する右懲戒審査請求の意思表示もまた、被告弁護士会が懲戒処分を宣告するための内部的意思決定を造成せんとする行為にほかならず、対外的に被告弁護士会の行為としての効力を有するものではない。思うに弁護士会内部の機関相互間、同会と同会員間あるいは同会員相互間の紛争は、各人格者間の権利義務に関する争と異なり、地方自治法第百七十六条第五項のごとき特則もない以上、当該弁護士会が内部的に解決すべく、訴訟を以て争うべき問題ではない。

二、被告弁護士会が右綱紀委員会の決議に基いて懲戒委員会に懲戒審査を請求し、同会は昭和三十三年九月三日これを受理し、現在審査中である。思うに確認訴訟における確認の利益は、当該訴訟によらなければ、法律上他に利益擁護の手段のない場合に限られ、他に法律的救済手段のある場合には認められないところ、原告がその無効確認を求めんとする右決議および懲戒審査請求という行為は、弁護士法所定の懲戒手続の一部分を形成している。従つて仮に右部分につき原告主張のごとき違法ありとするも、右のように現に係属中の懲戒委員会の審査手続においてかかるかしを主張すべく、同会の議決に基く被告弁護士会の処分が原告の右主張に反する場合には、日本弁護士連合会えの異議申立、次いで東京高裁えの訴提起が許容されている。されば右のごとき懲戒手続の一部についての無効確認を別訴をもつて求める利益のないことは明かである。

三、原告は弁護士としての懲戒をうけることを回避せんとの目的をもつて本訴請求におよんだものである。されば本訴は弁護士の懲戒に関する異議不服を理由とする紛争に外ならない。しかるところ懲戒の妥当性等について判定すべき司法裁判所は弁護士法第六十二条により東京高等裁判所の専属管轄であり、かかる訴の被告は日本弁護士連合会である。従つて本訴は管轄違であり、かつ被告に当事者適格はない。

従つて本訴は右いづれの事由からしても不適法であるから却下さるべきである、と述べた。

理由

職権をもつて原告の訴の利益について案ずるに、

弁護士は、具体的訴訟において、裁判官等に協力して憲法の保障した国民の基本的人権を擁護し社会正義の実現ないし形成に尽力することを職責とするものである(弁護士法第一条)。そのために、弁護士の職務は公的性格をおびているものといわねばならずこれが監督について特別の措置を講ずることの必要性も生ずるのである。しかるところ弁護士の職責が右のように極めて重要であることと、充分な自治能力を有しているところから、右監督を弁護士の自治に委ね、結局弁護士会および日本弁護士連合会が右監督権を行使することにし、みだりに国家機関の介入することを排除しているのである(同法第三十一条、第四十五条)。従つて弁護士に対する懲戒権の行使も弁護士会および日本弁護士連合会に帰属しているのである(同法第五十六条、第六十条)。そしてこれが懲戒処分の公正を担保するために、右弁護士会の懲戒処分は懲戒委員会の議決に基くこととし、かつ同委員会は、弁護士、裁判官、検察官および学識経験者らによつて構成される(同法第六十九条、第五十二条第三項)のである。そして右弁護士会の懲戒処分に対しては日本弁護士連合会えの異議申立を認め、同会においても右弁護士会における場合と同様な構成からなる懲戒委員会の再審査ないし議決に基いて右処分を取消したり、または異議申立を棄却するのである(同法第五十九条、第六十五条、第六十九条、第五十二条第三項)。従つて右弁護士会および日本弁護士連合会の自律的懲戒権の行使が弁護士たるの身分に対し非常に大きい影響をもたらすであろうことが認められる(同法第五十七条)。しかるところ弁護士たるの身分は基本的には市民的自由職業たることを否定できない。そこで右日本弁護士連合会の処分に対し、憲法第三十二条が保障している「市民の裁判をうける権利」の趣旨に則り、究極的に裁判所において争いうる余地を認め、事柄の性質上、迅速なる処理が必要であることと、右のようにすでに準司法的手続によつて再審査までなされていることとにかんがみ、通常訴訟手続に比し、一審級省略し、これが争訟を東京高等裁判所の専属管轄としたのである(裁判所法第三条、第十七条、弁護士法第六十二条)。

以上のような次第であるから被告弁護士会綱紀委員会の決議および被告弁護士会の懲戒委員会に対する審査請求において、仮に原告主張のごとき事由ありとするも、これが審理等は、まづ被告弁護士会懲戒委員会等の自律に委ねられているものといわねばならない。

されば被告弁護士会が昭和三十三年八月二十八日付でなした原告を懲戒に付するを相当とする旨の決議および被告弁護士会が同年九月三日付で被告弁護士会懲戒委員会に対してなした懲戒審査を請求する旨の意思表示の各無効であることの確認を求める原告の本訴請求はその余の点については判断するまでもなく、結局訴の利益がないものというべく、不適法であつて却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 藤本久 古館清吾)

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